blog.2012 ; SUSTAINABLE PLANET
Right knowledge : Pramana
self evidently true not influenced from any external object.
Wrong knowledge : Viparyaya
false conception not corresponding the thing as it is.
Imagination : Vikalpa
conjured by word without any substances behind it.
Sleep : Nidra
natural rest
Memory : Smrtaya
calling up of the past experience.

11/2011
今日は寒さがましで秋っぽかった。

いろんなきのこが生えてた




丘のうえの塔にのぼった。
こないだは別のよく似た塔にのぼったけど

ドイツ人はこういうの建てるのすきだったのかな。。。
1900年建立

景色きれいだった。

秋いろ。

なぜか大量のてんとうむし
塔の中の階段も外も大量。

かえりみち、またきのこ


不思議がいっぱい
頭をもたげていることがある。
日に日にうっすらしてきている気がする。
脳内はげ。
書こうか書こまいが相当どちらでもよいのだけれど、
脳内はげちらかすまえに書いておこうと思う。
人間は男性/女性どちらの要素も備わっているということ。
内面的なはなし
もしかしたら外面的なはなし
ある女子は相当女子っぽい。
ある男子は相当男子っぽい。
ある女子のああいうところは女子っぽいけど、
そういうところは男子っぽい。
ある男子のこういうところはもはや女子。
仮定する
私の40%は男子で、60%は女子でできている。
そして、どちらかというと女子の肉体に生を授かったので
だいたい女子として調合された。
ある人は20%男子、80%女子、肉体女子なら
たぶん女の子っぽい女子。
が、これが肉体男子に生まれたらどうだろう。
ある人は90%男子、10%女子、肉体男子なら
だいぶ男らしそう。
が、これが肉体女子ならどうだろう。
ある人は55%男子、女子45%、
この辺だと、どちらでも大丈夫そう。
でも、どちらかというと男子でよかったね、みたいな。
50%ずつだと、ハーフだね、
半分こする??
そういうことをふまえて
自分自身でいると、なんか快適。
どちらでもよい。
肉体がどちらで、内面があちらでも、
どちらでもよい。
性の錯綜。
それは、地球上のごく自然ななりゆき。
今に始まったことでもなく
あらゆる神話においても、両性具有の神が存在する。
肉体の右側は男性、左側は女性。
もっと内面的なところ、
あるいはむしろ外面的な肉体的なはなし、
私たちには男性ホルモンも女性ホルモンもあるって
保健体育の先生が言ってたよー。
どちらでもよい。
あなたらしく、私らしく
そのまま がよい。
アブダビに着いた。
アブダビに着いて、スティーブジョブズが他界したことを知る。
世界にぽっかりと穴が空いたみたいだ。
世界が変わっていく。
世界を変えていった人が去る。
世界が変わっていく。

私の個人的な昨日との景色の違いなど、ふっとんでしまった。
アブダビ空港はバンガロールと比でないほど
インターナショナルで世界を感じる。
インドに居て、存在すら忘れていたこの世界。
インドに居たことなんてすぐ忘れさせてしまう世界。
そこがどこだったのか、なんだったのか、
最早全く釈然としない。
後ろの席のアラブ人達が少し匂うので移動した。
基本的にアブダビ空港はクーラーがききすぎていて寒い。
各階にはお祈りの部屋がある。
クーラーがききすぎている。
世界はこの気温の中でも、ただひたすら変わっていく。
変わっていく。

ひとつの旅がおわろうとしている。
私は今、バンガロール空港にいる。
午前5時前のフライトだが、1時前に着いた。
ちょっと早かった。
夜なので、思ったよりも道がすいていた。
混んでいたら2時間かかる道も40分で着いた。
タクシーで900ルピー。
タクシードライバーによると、彼の取り分は700ルピー。

バンガロール空港は綺麗。
バンガロール自体、今まで訪れたインドの都市の中では
最もモダンな世界都市のひとつ。
インフォシスの大拠点でもあり
カフェで飲むコーヒーも美味しい。
本格的な日本食レストランも。
wifi
ここ数日、バンガロールで過ごし
友達と街を歩き、リクシャーに乗り
買い物して美味しいレストランを探して
きれいなホテルに泊まり
都市に過ごす日々。
アジアのビジネスマンが前を横切って行く。
白いシャツを着て、眼鏡をかけている。
どこの国の人なのかわからない人たちが居る。
インド人がいる。
私達はこうも違う。
でも私達はこうも似通っている。
あと5分でチェックインが始まる。
結局、私は帰りのチケットの日程を3回変更した。
そろそろチェックインに行く。

7月がおわる。 僕はカトマンズにいる。
特に理由はないけれど、今日は僕になってみようと思う。
カトマンズには3日前に着いた。
それまでポンディチェリとオーロヴィル、バラナシに滞在した。
オーロヴィル、サダナフォレストでの超自然的でサステイナブルな生活は、
ブームフェスティバルからステージとデコを省いたような印象を受けた。
バラナシは、マヤカレンダーの時間をはずした日に到着して
メインガートでセレモニーを見物した。
とにかくその日に到着したという事実が印象的だった。
その事実に萌える僕。
ガンジス川はとても水位が高くなっていた。
その水面に浮かぶ真っ黒な灰が至極異質なものに見えた。
僕は思うに、バラナシに着いたあたりから 空気が変わった気がする。
うまく説明できないけれど。
僕は思うに、twitterで適当にアウトプットしていることもあり、
旅の詳細を綴る意欲があまりない。
ネパールには来たことがない。
初めての土地。
その事実に萌える僕。
実際の対象物よりも、それが結果的につくりだす要因に 感情を抱く僕。
特に街、時間。
でも喧騒は時に安堵感すら与えてくれる。
だから山。 空。川。 自然。
街は簡単に便利に過ごせるように出来てるいる。
都市機能が整っていればいるほど。
自然の中で暮らす不便さ、
(不便といってもそれはともかく都市機能と比較した場合の言葉である)
空気の清々しさ、水の美しさ、 景色の神々しさ。
そういうものに触れたくて旅する僕。
結局は自然の中にいても 対象物が作り出す要因を欲しているのかもしれないと
これを書きながら今思った。
そして安堵感ではなく、新鮮な心の波を感じたいのだ。
いずれにしても、
インドとネパールの国境の町からカトマンズへの道中に見た山々、 川、空、
それらはとても美しかった。
僕に言葉なく語りかけてくれた。
それを僕は言葉なく処理した。
心は小さく波立った。
今日は日曜日だった。
カトマンズの街へ1人で出かけた。
なんの不便もなく、必要なものを探して 見つけて、購入し、
ランドリーサービスに洗濯物を預けた。
夕飯にはピザを食べた。
パートナーは熱を出して、 徒歩1分のレストランでの夕飯以外ずっとホテルで休んでいた。
テレビを観て、インターネットをした。
そして今度は僕が風邪をひきそうな気がしている。
インドよりもずっと涼しいネパールの地で、熱い8月を迎えるらしい。
朝目覚めたら、電車は向きを変えて走っていた。
どこでどんな風に進行方向が反転したのかは 分からない。
昨日の15:20にゴアを出た電車は東へと向かっている。
寝台車に乗って、流れる景色は美しい。
電車はクラスが5種類に分かれている。
この車両は汚くないし、エアコンもきいていて、 なにより他のインド人達のマナーも悪くない。 渡された枕とブランケットとシーツのおかげで ぐっすりと眠ることもできた。
窓の外には大きな岩が積み上がってできたような山が並んでいる。 南国を思わせるヤシの木々と赤茶色の土。 少しずつ目的地に近づく。 今日は新しい真っ黒な月がでる。
同時に7月にもなる。 2011年7月1日。
月日をまたいで、 電車は20時間走ってチェンナイへと私達をいざなう。
あと2時間もすれば、そこへ着く。 ゴアで聖なる樹に出会った。
すぐにその理由が分かって、その樹に近づいた。
神聖で透明なエネルギー。
そして時間はまた次の場所へと私達をいざなうのだった。
私は旅にでるらしい。
自分で意識して旅にでようと決めた訳ではないのだけれど、
なぜかそれはいかにも ’旅’ という印象を受ける。
そしてそれは来週にも始まり、
フランクフルトからウィーンに行って、
ムンバイに着くらしい。
そこからポンディチェリに向かう。
私が探していた場所は、森。
決してインドに行きたかったわけではなく、
で自然に関連するボランティアを探していたら
その森があって、そこはオーロヴィルで、インドだった。
たしかにオーロヴィルには以前から興味はあったものの、
そういう形でその場所に差しかかるなんて思ってもみなかった。
オーロヴィルは ’環境実験都市’ とも言われ、
人々は太陽光・風力・バイオガスエネルギーによる発電を利用し、
パーマカルチャー農園で作物を栽培・収穫する傍ら
瞑想やヨガ・ダンス・音楽・アート、
あらゆる文化的な活動と共に暮らしている場所。
文化的に、有機的に、世界中から集まった人々が
’自然環境と人との長期的な共存’というテーマにおいて
理想といえる状態を維持・改善しながら暮らしている
’誰のものでもなく人類全体の
生活の進歩的実験場であり、終わりなき教育の場所’
とはいえ、私のパスポートはまだインド大使館にある。
ビザの貼付けられたパスポートを受け取るのは
フライトの前日の予定になっている。
いつもながらなんて不用意なのだろう。
無事ビザがおりて、旅立つことになれば
インドに行くのは2回目。
最初に行ったのは6年前のこと。
ヨガのことが知りたかったし、
ガンジス川にも入りたかったから
私にとって、1人でそこへ旅することはごく自然な出来事だった。
今回の旅はどちらかと言えば不思議な出来事に思える。
その森がすぐ隣のフランスにでもあれば、飛行機にも乗らずに済むし、
石油消費量も抑えられるというのに。

ある日、森に行くと
その美しい樹々たちは静寂を語り、
メッセージが届きました。
地球にはいろいろなエネルギーがあって、
人間はそのエネルギーによって生かされていて
いずれも人間が作り出したものではなく、
与えられたもの。
母なる地球からの贈り物。
むしろ人間は、時に、自分たちが作り出したものによって
地球を、自らをも、傷つけてしまうことすらあり。
人間にできること。
今すぐ最も簡単にできること。
それは、地球への感謝をもって暮らすこと。
あたりまえではないということに気づいていくこと。
地球、自然への感謝は人間のもつ素晴らしいエネルギー。
それは新たなアイデアを生み出す原動力となり
地球の未来のために必要不可欠な大切な資源。
使い古された価値観。
それを消費するためにつかうエネルギーを
少しでも、地球のことを思うエネルギーに。
新しいエネルギーへの転換は今ここから。

森が教えてくれたこと。
Into the Forest
週末に、移動する。
あと2日。
この2ヶ月、お世話になったドイツ人のパパとママ。
すでに離れるのを思うとさみしい。
学校用に毎日ランチボックスを持たせてくれたママ。
アイスやサイクリングに誘ってくれたパパ。
一緒に食べる朝食や夕食がとても楽しくて
家族で食卓を囲むことの大切さを
改めて思ったり
おはようや、おやすみを伝えあうこと。
そういうあたりまえの
とってもたいせつなこと。

あたたかくて、守られていて、やさしくて。
ありがとうを
ちゃんと ちゃんと 伝えたい。

新たな場所。
今はまだ満月を少し過ぎたところ。

自転車で パパに教えてもらった
広大なひみつの森をぬけて
そしたら湖があって
ほとりで食べるママのランチボックス。
太陽まぶしく、
光の湖に集う人々。
ただただ愛おしい午後。